事業を始めるきっかけ

――まず訪問看護ステーションを立ち上げた経緯、きっかけをお伺いしたいのですが、大内さんの経歴が看護師であり救急救命士であり、ステーションを立ち上げる直前までは30年近く消防に勤めていらっしゃったという、かなり異色の経歴をお持ちだと思うのですが、どのような経緯で事業を始められたのでしょうか?

看護師として最初に働いたのが精神科だったので、消防に勤めている間も、いつかはまた看護師として精神に戻るんだろうな、ということはずっと、漠然とは考えていました。

直接的な最大の要因は母の介護での経験ですね。消防を辞める1年半前に母が倒れて、後遺症も残り、認知も入ってきた状態で、自宅で介護をすることになったんですが、当時は公務員で日勤専属だったので、どんなに急いで帰って来ても18時になってしまうんですね。母は日中デイサービスに通っていて、そこでもかなり気を使っていただいて一番最後に送迎してもらったりもしていたんですが、17時〜18時というのがどうしても空白の時間になってしまう。そこに訪問介護の方が入っていただいていたことで本当に助かりました。ですので自分が訪問看護をするなら、夕方以降に回った方が利用者にとっても、家族にとっても預かっている施設にとってもいいだろうな、と思っていました。

辞める時期がちょうどコロナ禍の最中でもあったので、社会活動が停止する、制限される、という中で、精神科に通う方やシェアハウスに住む方たちはどういった生活を強いられているのだろうと気を揉んでいました。日常の買い物や通院のための移動もままならない中で、心身の変調の早期発見により適切な治療へ導く等、こういう方たちと社会を糸でつなぐ、最後の切り札が僕らのような仕事だろうという思いは強くありました。

弟が8年前にシェアハウスやグループホームの事業を立ち上げていたことも大きな要因です。それこそコロナ禍では相当苦労しているのを傍目に見ていたので、そこに入居される方たちになんとかサポートできたらいいなということはずっと思っていました。

また消防に在職中から保護司としても10年ほど活動してきていたので、その経験も今の仕事に繋がっているし、活かされていると感じています。

ただ元を辿れば父の影響はすごく大きいと思います。

――大内さんのお話をお伺いしていると度々お父さんのお話が出てきますが、お父さんも看護師さんだったのですよね?

はい、小さい頃から白衣の姿をずっと見てきてたので、自然と「先々は(自分も)こういう仕事をするんだろうな」という事は考えていました。

一番強烈に覚えていることは、今からもう50年ぐらい前の話ですけど、私が小学校の頃は自宅によく精神科の患者さんが数人来てたんですよ。日常的に。父が病院から連れてきてたんですよね。でも父は連れては来るんだけど、自分は直ぐに病院に戻ってしまう。なので、自宅には母と私たち兄弟と精神科の患者さんがいるという不思議な空間でした。そこでは母がその方たちに洋裁を教えたり、一緒に買物に行ったりしてましたね。

――そんな感じで連れ出しちゃって大丈夫なんですか?

当時のおそらく開放病棟の患者さん達じゃないかなと思うんです。状態が落ち着いてる人たちでしたね。「ちょっとでも社会に触れさせた方がいいから」と父は言ってました。今で言う就労や生活訓練の前身的なやり方なのかなと思います。

父は「こういう方々が独り立ちするには中間施設みたいなものがあったらいいね」と盛んに言ってました。この中間施設というのが今で言えばシェアハウスやグループホームだったり、就労支援事業所だったりすると思うんです。それを50年前に「利用者さんのために」という視点で手探りで色々とやっていたのは強烈だと思います。

そんな父の影響を間違いなく私も弟も受けていると思いますし、だからこそ今現在兄弟でこのような事業をやっていることにつながっているのだと思います。

私たちの強み

――事業を始められる経緯やきっかけについてお伺いしましたが、法人を設立して事業を開始していく際に「どのような訪問看護ステーションにしていきたいか」と考えられていたか、ということと、実際に始められてから今までで「自分たちの強み」や「大事にしていきたいと思っていること」などをお聞かせいただけますか?

まず「どういう事業所にしていきたいか」と思っていたかについては、何よりせっかく付き合うのであれば身内のように付き合っていこう、社会に触れる機会を少しでも沢山作っていただけるように関わっていこう、「不安定になって再入院」とならないようなサポートをしていこう、というようなことを一番考えていました。

夕方・夜間に訪問する、ということも、実際に事業開始してから試行錯誤の末に、これが現状ベストだと行き着いて現在のスタイルになっているのですが、やっぱり夕方以降に不安定になる確率が高くなるんですね。訪問看護の制度の中で、本人、家族等の求めに応じて夜間での訪問を行うということも明記されているので、利用者さんやご家族等の希望に沿ってその時間帯に関わりを持つことが、結果的に状態の安定に繋がるということが経験則で見えてきました。

また、殆どの利用者さんが日中は就労支援事業所に行かれているので、そこから帰宅してから夕食の前、あたりの時間というのが一番在宅率が高いということもありますし、これが生活のリズムを整えることにもなると思っています。朝起きる、就労支援事業所に通う、帰宅して訪問看護が入る。そこで「今日はどうたった?」「何したの?」「ご苦労さんだったね」というような会話も大事ですよね。そういった関わりの中で、ちゃんと利用者さんの生活全般を把握しながら人間関係を構築していく。そうやって信頼を築いていくことが結果的に利用者さんの状態を良くしていくことにも繋がると思っています。

この時間帯に訪問をすることになってから、夜間の緊急対応は大幅に減りましたし、弟の会社でもシェアハウスの利用者さんからの夜間の電話は激減したと聞いています。大抵トラブルが起きるのは夜間が多いんです。街にふらっと出ていってトラブルに巻き込まれる。酒絡みだったりお金絡みだったり。「夜出て行ってもいいことないから」という話はよくしますが、夕方訪問することで、そもそも夜間に外出する事は減っていますね。

更には消防時代に東日本大震災、熊本地震への支援に直接的、間接的に関わる中で、障害を抱える方々が災害弱者として困難な状況に置かれている、ということを認識しました。また今回の能登地震への支援も行う中で、災害弱者の方々への取り組みの必要性を痛感しています。私自身の経験を活かし、貢献できる領域であると思いますので、積極的に取り組んでいきたいと考えています。

――看護師さんの単独訪問じゃなくて、男性を補助者として同行させて、2名体制で訪問されていらっしゃいますよね。これは事業開始当初からそのスタイルでやろうと決めていたんでしょうか?

はい、最初からそこは決めていましたね。一つは安全のため。精神科での経験から現場では何が起こるか分からないですから。もう一つは補助者を運転手として訪問に行ってもらってるので、看護師さん達は自分で運転する必要がない。やっぱり1人で運転して訪問して、っていうのはかなりの労力なんですよ。駐車場の心配もしなくちゃいけない。

看護師には看護師としての能力を発揮してもらいたい。だから車の運転や路駐の心配、安全のリスクなどは除外して、看護師としての職務に集中してもらいたい、ということが一番大きいです。2人いれば何かあっても余裕を持って対応できますから。

――ソーシャルワーカーが在籍して病院との連携や退院支援なども行っていますよね。

はい、やはり病院としてもせっかく退院できたのに、すぐに不安定になって再入院、というのは望んではいないことですし、退院後の日常生活をしっかりサポートして利用者さんの状態を安定させてくれるステーションに依頼したいですから、そこは私たちが、まだスタートして短い期間ですが、興味を示してくれる病院や相談支援事業所も増えてきているのは実績を積みつつ成長できている点だと思います。

今後の展開について

――最後に今後の展開、方向性について教えてください。

まずは組織としての基盤をしっかり固めていくことに集中して現在取り組んでいます。様々なシステムやITツールも活用して、効率化、自動化すべき領域の整備を行いながら、人が資本の事業ですので、人的投資として採用と研修を強化して進めていきたいと考えています。

私たちと共に働いてみたいと思った方はお問い合わせの上、ぜひ一度見学にお越しください。私たちが大切にしていること、実際に行っている業務を見ていただければと思っています。